ヒドロキシ基の向きを間違えると・・・

 

#souyakuAC2021


メドケムにおいて、酵素誘導(例えば代謝酵素CYPの発現誘導)は薬物間相互作用(DDI)リスクを高めるだけでなく、自身の代謝を促進して次第に薬効が小さくなってしまうリスクもあります。


酵素誘導の原因として、化合物が核内受容体CAR、VDR、PXRなどを活性化して各CYPの発現を誘導することが挙げられます。特に多くの化合物の代謝酵素となるCYP3A4に関してはPXRの活性化が原因であることが多いかもです。


PXRはオーファン核内受容体で、主に肝臓や腸で発現しています。
CYPが有名ですが、UGTやMDRの発現調節するようです。

PXRのリガンド結合領域は、広くて柔軟性があって疎水性領域が広くあります。
(結合ポケットを構成している28-30アミノ酸のうち極性残基は6つだけらしい)
酵素誘導を回避するアプローチ(PXR活性化能を低減するアプローチ)としては、化合物の末端に極性基を配置したり、大きくてリジッドな置換基を追加する、化合物の中央の水素結合アクセプター(Q285などと水素結合しちゃう)を除去する、などが考えられます。


今回、そんな酵素誘導回避の際に気を付けたい事例を一つ紹介します。

 

The discovery of BMS-457, a potent and selective CCR1 antagonist
https://doi.org/10.1016/j.bmcl.2013.04.079


化合物27はCCR1IC50 = 1.7 nMと高い阻害活性を示したが、PXR EC20 = 0.4 µM / EC60 = 1.4 µMでPXR活性化能を持ち、酵素誘導のリスクがあった。


末端に極性基としてヒドロキシ基を導入することでPXR活性化能の低減を狙ったところ、ヒドロキシ基の立体(cis, trans)によって効果に違いが見られた。


 trans体48:PXR EC20 = 41 µM / EC60 > 50 µM
 trans体49:PXR EC20 > 50 µM / EC60 > 50 µM

 cis体50 :PXR EC20 = 1.8 µM / EC60 = 7.4 µM
 cis体51 :PXR EC20 = 5.3 µM / EC60 > 50 µM


効果が違う原因は、分子内水素結合にあった。


周辺化合物53とPXRのX線共結晶構造解析(PDB:4NY9)を用いて化合物48および51のドッキングスタディを行ったところ、
trans体48は、ヒドロキシ基が疎水性ポケットの領域に向くことでPXR活性化能の低減が期待されたが、
cis体51は、ヒドロキシ基が化合物中にあるバリン構造のN-Hと分子内水素結合を形成してしまい、シクロペンチル環が疎水性ポケットを占めるようなコンフォメーションになってしまい、結果として、PXR活性化能を効果的に低減できなかったようだ。
(とは言え、EC60はクチバシなので、完全に水素結合で固定されている訳では無いだろう、多少は効果があるだろうけど)

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ヒドロキシ基の向きを間違えると狙った効果が(あまり)得られないかもしれない事例であった。


最終的には化合物48がBMS-457として選ばれた。

 

 

酵素誘導とは関係ないが、上記とは逆に、分子内水素結合が効果的であった報告もある。(以前に創薬ちゃんさんがツイートした論文)


Structure-Guided Discovery of Aminoquinazolines as Brain-Penetrant and Selective LRRK2 Inhibitors
https://doi.org/10.1021/acs.jmedchem.1c01968


化合物を脳内移行させるには血液脳関門(BBB:Blood-Brain Barrier)の通過が必須であるが、その際に立ち塞がるのが薬物排出ポンプのP-糖タンパク質(P-gp:P-glycoprotein)である。
一般的にP-gpの基質認識性は非常に広いが、特にヘテロ原子の数や水素結合ドナー/アクセプターの数が多いと狙われやすい。
個人的には水素結合ドナーが一番ヤバい。


本論文では、物性改善のために(多分?)ヒドロキシ基を導入したが、cisに配置することで分子内水素結合を形成させ、P-gp基質認識性を最小限に抑えるアプローチに成功している。(PDB:7SUJ)
もしtransに配置されていたら非常に強いP-gp基質になっていたかも。


個人的には、最初の論文みたくシクロプロピル環ではなくテトラヒドロフラニル環にすることで、分子内水素結合を形成してもタンパク側に脂溶性ではなく極性基(酸素原子)を向けている点も面白い。
他のプロファイルに効いてそうだな、さすが上手いデザインだなって思いました。
不斉があるから合成大変そうだけどチャレンジ大事よね。