超スピードで臨床候補化合物を取得するには

#souyakuAC2022

超スピードで臨床候補化合物を取得するには


Discovery of S-217622, a Noncovalent Oral SARS-CoV-2 3CL Protease Inhibitor Clinical Candidate for Treating COVID-19
https://doi.org/10.1021/acs.jmedchem.2c00117


先日、塩野義製薬のS-217622(Ensitrelvir)の製造販売が緊急承認された。


塩野義さんは、2020年3月頃に創薬研究を開始して2021年3月にはS-217622(Ensitrelvir)を創製、そしてその4ヵ月後の7月にはPhaseⅠでのFirst in humanを達成している。
しかも先行プロジェクトが2022年11月に中止してるっぽいのでS-217622(Ensitrelvir)は2プロジェクト目?
その非常に速いスピードで創製するに至った決め手として3つの方針があったと考えられる。


【方針1】High Through-put Screening(HTS)を実施する前にバーチャルスクリーニングで化合物数を絞り込み

① 既知の3CLpro阻害剤(非共有結合タイプ)からファーマコフォアを抽出した。
  ・S1ポケットにあるHis163側鎖NHと水素結合を形成する官能基を持つ
  ・S2ポケットに疎水性相互作用しつつフィットする部分を持つ
  ・化合物の中心(母核)にGlu160主鎖NHと水素結合を形成する官能基を持つ

② HTSはMass Spectrometryを用いて実施した。
  ・自光蛍光化合物による擬陽性などを回避するため


【方針2】HTSヒット化合物はPKデータを取得してから展開
HTSヒット化合物1は、すでにin vitro PK(ヒトとラットのミクロソーム代謝安定性)とin vivo PK(ラットのクリアランスCL、半減期t1/2、経口バイオアベイラビリティF)をすでに取得済で、良好なPKプロファイルを担保した上で、『後は活性を上げるだけ』の状況で展開した。
これは、スピードアップのためにHTSヒット化合物を取得してすぐにPK評価を実施したのか、もしくは以前に他の創薬プロジェクトで展開したことのある自社オリジナル化合物でその際にPK評価を実施したデータが残っていたのか、詳細は分からなかったが、弊社ではリード化合物創出のステージにおいて、ある程度in vitro活性を上げてin vivo評価に進む際に初めてPK評価を実施することが一般的で、そこで代謝や暴露が全然ダメで仕切り直すこともあったため、あらかじめ良好なPKプロファイルが担保されているのは良いなと思った。


【方針3】誘導体展開において化合物の変換する部分を絞った
HTSヒット化合物1を展開する際に、母核と3つの部分すべてを変換するのではなく、阻害活性IC50と良好なPKプロファイルに重要と考えられた母核とトリフルオロベンジル基(S2領域)はそのまま固定して、ジフルオロメトキシベンゼン(S'1領域)とアミド(S2領域)の変換のみを実施した。
HTSヒット化合物1と3CLproタンパク質のX線共結晶構造解析の結果を元に、ジフルオロメトキシベンゼンをメチルインダゾールに、アミドをトリアゾールに、それぞれ3CLproタンパク質のアミノ酸残基との相互作用を維持しながら等価体に変換することで、HTSヒット化合物1からIC50が600倍以上も向上したS-217622(Ensitrelvir)を見出した。
変換部分を『2つに絞った』ことと、X線解析を元に『相互作用を維持しながら等価体に変換する』ことにより、展開をシンプルかつ確実に実施したことが超速で活性向上を達成した秘訣と思う。
実際はもっとたくさん合成展開してたのかもしれないけど。


S-217622(Ensitrelvir)のSARS-CoV-2の各種株への抗ウイルス活性は、野生型およびスパイクタンパクの変異株(α株、β株、γ株、δ株、ο株)でほとんど変化はなく、ほぼ同等の抗ウイルス活性EC50であった。3CLproタンパクを標的とした化合物なのでスパイクタンパクの変異株に影響されないのは当たり前かもしれない。
今後は3CLproタンパクの変異によって効かなくなる可能性も考えられるが、その辺はおそらく試験して確認してるでしょう。

他のタンパク質との選択性に関して、ヒトのプロテアーゼであるカスパーゼやカテプシンなどを阻害しないことは確認済であった。


最後に、
超スピードで化合物を取得するために採用した3つの方針は、COVID-19以外の通常の創薬研究でも有用であると考えられる。少ないリソースで結果を出したいときにも使えるのではないか。個人的には、アカデミア創薬にもフィットしそうなアプローチのように感じた。

また、S-217622(Ensitrelvir)創出から僅か2か月後には非臨床試験を開始してその2か月後にはPhaseⅠでのFirst in humanに進んでいることから、創薬研究も素晴らしいが、CMC部門や開発部門も非常に素晴らしいと思った。
塩野義さんのプロセスケミスト達は1,2か月でキログラムスケールで合成供給したのか?
凄すぎ、信じがたいわ。メドケムとプロセスの連携も素晴らしかったのでしょう。