ペプチド医薬の低分子化…ではない?part1

ペプチド医薬の低分子化…ではない?part1

#souyakuAC2022


中外製薬がイーライリリー社に導出した非ペプチド型の経口のGLP-1R作動薬LY3502970(OWL833)に関して、
プロファイルや相互作用解析を読み解きながら化合物取得の経緯を推理した(あくまで個人的な想像です)今後も調査を継続したいのでpart1とした。


Structural basis for GLP-1 receptor activation by LY3502970, an orally active nonpeptide agonist
https://doi.org/10.1073/pnas.2014879117


ハイライト
1)化合物の特徴:非ペプチド型の経口のGLP-1R作動薬であるLY3502970(OWL833)は、部分作動薬でGタンパク質のバイアストリガンドでβアレスチンを誘導しない。
2)相互作用の解析:テトラヒドロピラン部位とGLP-1RのTrp33残基との相互作用が重要。
3)他の作動薬との違い:GLP-1RのArg380と相互作用せずTM7をTM5に近づけないことがバイアスドリガンドかつ部分作動薬となるカギ。
4)化合物を取得した経緯(推理/想像):GLP-1のGLP-1Rとの親和性に重要な残基を元に低分子化デザインしたところ、結果として違う結合様式の化合物が得られたのかも?

【化合物の特徴】
グルカゴン様ペプチド-1受容体作動薬(Glucagon-like peptide-1 receptor agonist:GLP-1R作動薬)は、糖尿病治療の主要クラスとして使用されている薬剤である。
エクセナチドやリラグルチド、デュラグルチド、セマグリチドが承認されているが、
どれもGLP-1ペプチドの部分構造を模倣したペプチド医薬であり、投与経路が静注または皮下注で限定的である。
近年、セマグルチドが吸収促進剤と合わせて経口薬として開発されたが、薬物吸収が食事の影響を受けるため、服薬のタイミングが制限される課題がある。
つまり、服薬条件の制限を受けない経口薬としてのGLP-1R作動薬は、糖尿病患者に有益と考えられる。
また、ペプチド構造は経口吸収性や生体内安定性に課題が出る可能性があるため、経口薬を目指すならば、非ペプチド薬が良い。って塩野義さんがCOVID-19治療薬S-217622(Ensitrelvir)を創出した際に言っていた気がする。


1)LY3502970はGLP-1R部分作動薬(partial agonist)であった。
    → 既知の部分作動薬としてTT-OAD2があったが、それよりも高い薬効を示した。

2)βアレスチンを誘導しないGタンパク質のバイアストリガンドであった。
    → バイアストリガンドであることが低分子でGLP-1R作動薬として有効性を示すために重要と考えられる。

3)マウスや他の種で効かなかった。
    → ヒトGLP-1R発現マウスで有効性を確認した。

4)カニクイザルでエクセナチドと同等の薬効を示した。
    → 用量依存的なインスリン分泌と血糖低下作用、摂餌量の低下を示した。
    → グルコース負荷前にはインスリンを分泌せず(インスリン分泌依存の薬効)。

 

【相互作用の解析】
1)クライオ電子顕微鏡(Cryo EM)でLY3502970とGLP-1Rの相互作用を解析した。

2)テトラヒドロピラン部分は、ECD(ExtraCellular Domain)のTrp33と相互作用していた。
    → Trp33との相互作用が活性に必須(Trp33をSerに変えると活性消失)
    → マウスのGLP-1RはSer33であるため効かなかった(前述のカニクイザルはTrp33)
    → マウスのGLP-1RのSer33をTrpに変えると活性あり。
    → TT-OAD2とPF-06882961もTrp33と相互作用しているので、これが経口のGLP-1R作動薬として活性を示すカギであろう。

3)N-メチルインダゾール部分は、TM1(TransMembrane 1)のTyr145とTM2のTyr205と相互作用していた。

4)4-フルオロフェニル部分は、TM1のLeu141, Leu144, Tyr148とTM7のLeu384, Leu388と相互作用していた。

 

【他の作動薬との違い】
1)βアレスチン誘導は、TM7を動かしてTM5と距離を近づけることが重要。
    → 内因性リガンドのGLP-1とGLP-1Rの相互作用では、GLP-1のAsp15残基がTM7のArg380と相互作用して近づけている。

2)フル作動薬は、TM7のArg380と相互作用することが重要。
    → Gタンパク質のバイアストリガンドのExPは、TM7のArg380と相互作用はするけどTM7をTM5に近づけない。

3)部分作動薬は、TM7のArg380と相互作用していない。
    → LY3502970とTT-OAD2は、TM7のArg380と相互作用していない。

4)LY3502970とTT-OAD2の活性の差は、TM7との相互作用の有無
    → LY3502970は、TM7のLeu384, Leu388と相互作用しているからTT-OAD2よりも高い薬効を示した。

 

【化合物を取得した経緯(推理/想像)】
LY3502970の複雑な化学構造を見ると、
個人の主観としては、普通に自社ライブラリーからHTSやってヒットから誘導体展開して取得したとはとても思えない。
一体どのようにしてこのような複雑な化学構造の化合物に辿り着いたのだろうか?


本論文には、『ヒトGLP-1Rを発現するLLC-PK1細胞におけるウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクチベーターの化合物誘導性発現を検出するスクリーニング方法を用いて同定し、伝統的な構造活性関係作業の複数のサイクルを実施することでLY3502970を取得した』と記載されている。


・・・ヒントがない。


ペプチド医薬の低分子化だろうか?
以下の論文で、ラットだがGLP-1のrGLP-1Rへの親和性に重要な残基について記載があった。

The structure and function of the glucagon-like peptide-1 receptor and its ligands
https://doi.org/10.1111/j.1476-5381.2011.01687.x

組換えラットGLP-1R(rGLP-1R)を発現するチャイニーズハムスター肺細胞由来の膜を用いてリガンド親和性を評価したところ、N末端位置7、10、12、13および15番目がrGLP-1RでのGLP-1親和性にとって重要であることが分かった。


GLP-1(7番目-36番目):HAEGTFTSDV SSYLEGQAAK EFIAWLVKGR
エクセナチドの配列   :HGEGTFTSDL SKQMEEEAVR LFIEWLKNGG PSSGAPPPS
セマグルチドの配列   :HXEGTFTSDV SSYLEGQAAK EFIAWLVRGR G
(X = Aib:2-AminoIsobutyric Acid, ジメチルの立体障害でDDP4への分解耐性を付与している)


GLP-1(7番目-36番目)の配列によると、His7, Gly10, Phe12, Thr13, Asp15であろうか。
LY3502970を見ると、テトラヒドロピラゾロピリジンインドールのアミド部分を母核として、His7, Phe12, Thr13, Asp15それぞれの残基に類似したパーツを配置しているように見えなくもない。

もしかしたら、以前に紹介した塩野義さんのペプチド医薬の低分子化と同じように、
ファーマコフォアを適切に配置した化合物をバーチャルでデザインして合成展開したのかもしれない。
https://azarashi-panda.hatenablog.com/entry/2022/12/10/054513

そして、結果として想定とは異なる結合様式(特にECLのTrp33)によってGLP-1R部分作動薬でGタンパク質のバイアストリガンドな化合物が得られたのかもしれない。


それとも、ペプチド医薬の低分子化…ではない?