吸収させない低分子創薬

吸収させない低分子創薬


低分子創薬が他のモダリティ(抗体医薬や核酸医薬など)に対して有利な点の一つとして、経口投与(経口吸収)が容易である点が挙げられる。
しかし、標的分子・対象疾患によっては、経口投与しても体内に吸収されない方が都合がいい場合もある。
今回は、協和キリンが導入・販売承認申請中のNHE3阻害剤Tenapanorと、自社研究していたNaPi2b阻害剤を紹介する。
波紋・・・ではなく、それぞれ独自のアプローチのおかげで吸収されないッ!!


ハイライト
1)NHE3阻害剤の創出の経緯:二量体は吸収されない・・・だけじゃなく活性も増強
2)活性向上した原因の考察:二量体はそれぞれNHE3に結合しているのかも?
3)NaPi2b阻害剤の創出の経緯:塩基性化合物は肺移行性しやすいのでカルボン酸を追加(両性イオン)して吸収されない
4)両性イオンを選択した理由の考察:両性イオンはトランスポーターに乗って吸収されるリスクが低いかも?

 

【NHE3阻害剤の創出の経緯】

透析中の慢性腎臓病患者における高リン血症の改善を適応症としたテナパノル塩酸塩(KHK7791)の国内製造販売承認申請のお知らせ
https://www.kyowakirin.co.jp/pressroom/news_releases/2022/pdf/20221028_01.pdf

協和キリンは2022年10月28日付で、米Ardelyx社から導入したNHE3阻害剤である低分子化合物Tenapanor塩酸塩(開発番号:KHK7791)を透析中の慢性腎臓病(CKD)患者における高リン血症の改善を適応症とした製造販売承認申請を厚生労働省に行った。

高リン血症は、血液中のリン濃度が異常に上昇する重篤な疾患で、主要先進国では74万人以上の透析患者が罹患していると推定されている。
腎臓はリン濃度を調節する臓器であるが、腎臓の機能が著しく低下するとリンが十分に体外に排出されなくるため、結果として透析を受けているCKD患者は高リン血症の罹患率が高い。


Tenapanorは当初、高リン血症ではなく便秘型過敏性腸症候群の治療薬として開発され、IBSRELAのブランド名で販売されている。
その後、高リン血症の治療薬としても有効であることが分かり、現在開発中である。


Discovery of Tenapanor: A First-in-Class Minimally Systemic Inhibitor of Intestinal Na+/H+ Exchanger Isoform 3
https://doi.org/10.1021/acsmedchemlett.2c00037


NHE3は、ナトリウムを細胞内に輸送しプロトンを細胞外に輸送する膜タンパク質である。
主に小腸と腎臓に発現しており、ナトリウム吸収の大部分を占めている。
小腸のNHE3を阻害することで、小腸中の塩分と水分の増加をもたらし、消化管の運動性を促進することが、便秘関連疾患の患者の治療に有望であると考えられた。

一方で、腎臓での阻害は、ナトリウムと水の恒常性の調節不全をもたらし血圧に悪影響を及ぼす可能性があるため、小腸のNHE3を阻害しつつ、腎臓への暴露は避けたい。

そこで彼らは、小腸から吸収されない(全身暴露しない)NHE3阻害剤の創出を目指した。


1)リード候補としてテトラヒドロイソキノリン化合物1を選抜した。

  〇 細胞評価で用量依存で薬効を示した。
  〇 ヒトとラットで種差がほとんどなかった。(活性は微妙だけど)
  〇 合成の都合上、テトラヒドロイソキノリン骨格に置換基を導入するのが容易。
  〇 ラセミ体1はキラル分割すると、S体が高活性、R体が低活性であった。
  × 経口投与によるバイオアベイラビリティが98%であった(全身暴露しちゃう)

  ➡ 活性を上げつつ、全身暴露を防ぎたい!!


2)スルホンアミドの先からPEGリンカーを介して二量体にした。
  ➡ 二量体にすることで、分子量と水素結合アクセプター数、tPSA、回転結合数が増大して全身暴露を抑制(膜透過性の低減)を期待。
  ➡ リンカーの長さで活性が変化した。
   ※ 短すぎると活性が単量体より低減。
   ※ 長くするほど活性が増強。
   ※ 二量体はのキラリティによる活性の大小は、S,S >> S,R >> R,Rであった。


3)二量体のリンカーの探索を行いウレア構造を含む化合物28が最も高活性であった。
  ➡ ラットに0.1mgの経口投与でVehicleと比べて有意に尿中ナトリウム量を減少し、0.3, 1.0 mg/kgまで用量相関あり。
  ➡ 3日間の反復投与で毒性の所見なし。


4)化合物28(Tenapanor)は、ヒトにおける臨床試験で、プラセボと比較して便の頻度と重量を増加させ、用量相関あり。
  ➡ 2019年にFDAによってIBS-Cの成人患者の治療薬として承認された。
  ➡ 臨床開発中に、リン酸塩の腸管吸収を妨げることで高リン血症の透析患者の血清リンレベルを低下させることがわかった。

   ※ 食事によるナトリウムの吸収を抑え、細胞内のプロトン濃度を上昇させる。
     プロトン濃度上昇は、消化管の細胞間接着(タイトジャンクション)を強固にし
     リン吸収の主要経路である細胞間隙経路からのリン吸収を抑制し、血清リンレベルを低下させる。

色々あって、Tenapanorは、2023年前半に透析中の慢性腎臓病(CKD)の成人患者における高リン血症の治療のための新薬承認申請 (NDA)を再提出する予定である。

【活性向上した原因の考察】

二量体による活性向上の原因は、明言されていないので結論としては分からない。
文中では、リンカーの長さが短い場合(化合物10)は活性が減弱した際に『NHE3と非生産的な接触をしている可能性が高い』と考察し、リンカーを長くすることで活性減弱を回避しようとした結果、むしろ活性が大きく増強している。
あくまで想像だが、二量体は両方ともS,S体のときに活性が最大となり、S,Rでは活性が単量体とほとんど同じであったため、両方ともNHE3と結合しているのではないか?
標的分子であるNHE3は膜タンパク質であるため、同じ細胞表面内の2つのNHE3にそれぞれ結合したり離れたりすることで、結果として結合頻度が上がっている、もしくはそこに留まって実質的に結合乖離が遅いような状況になっているのではないか?
それによって活性が大きく増強したのではないか?
結構前のメディシナルケミストリーシンポジウムで、膜タンパク質のリガンドの末端に長めのアルキル側鎖を連結させて細胞膜と作用させることでそこに留めさせて結合乖離を遅くする、みたいなアプローチ(どこかの大学の学生、忘れた!)を聞いたことがある。
少し違うけど、イメージは似ている気がする。
あくまで想像だけど。

 

【NaPi2b阻害剤の創出の経緯】

Discovery of Gut-Restricted Small-Molecule Inhibitors of Intestinal Sodium-Dependent Phosphate Transport Protein 2b (NaPi2b)
 for the Treatment of Hyperphosphatemia
https://doi.org/10.1021/acs.jmedchem.1c01474

協和キリンさんは、NHE3阻害剤を導入した一方で、別作用機序の高リン血症治療薬として、NaPi2b阻害剤の研究開発を行っていた。

小腸におけるリンの吸収ルートは、完全には解明されていないが、主に2種類の経路をとると考えられている。
1つは、ナトリウム依存性トランスポーター(NaPi2b, Pit1, Pit2)による能動的な経路、
もう1つは、細胞間のタイトジャンクションを介した受動的な経路、である。
前者では、NaPi2bのコンディショナルノックアウトにおいてPit1およびPit2によるリン吸収の効果が小さいと報告されていることから、NaPi2b阻害剤は小腸からのリン吸収の抑制が期待できる。

一方で、NaPi2bは小腸だけでなく肺と精巣にも発現しており、NaPi2b遺伝子の変異と肺胞微石症の関連が示唆されており、小腸のNaPi2bを阻害しつつ、肺への暴露は避けたい。(ちなみに、NaPi2a,cは腎臓に発現しており、リンの再吸収を担っている。)

そこで彼らは、小腸から吸収されない(全身暴露しない)NaPi2b阻害剤の創出を目指した。


1)NaPi2b遺伝子を導入したKJMGER8細胞における放射性標識されたリン酸の取り込み量を測定する評価系でNaPi2b阻害活性を、PAMPAによって膜透過性を評価することで、化合物3を取得した。
(化合物3の化学構造はアステラスのNaPi2b阻害剤の特許WO2011136269A1に似ている)


2)化合物3は、IC50 = 87 nMと高活性だったが、pH = 7.4におけるリン酸緩衝生理食塩水PBSに対する溶解度が0.1 µMと低かった。
  ➡ 電荷を持った極性基を導入することで溶解度を改善しつつ膜透過性の低減を狙った。
  ➡ 2~3個のアミノ基を導入した。
  ➡ 化合物7(IC50 = 354 nM, 溶解度 = 66 µM, 膜透過性 = 0.051×10-6 cm/s)を取得した。


3)化合物7を、ラットに10 mg/kgを経口投与したところCmax = 3.59 ng/mL, AUC = 10.4 ng・h/mL, F = 0.96%と低暴露だった。
  ➡ しかし、ラットに30 mg/kgを経口投与して6時間後、化合物の血漿中濃度が1.86 ng/mLであったのに対し、肺中濃度が6350 ng/mLの高濃度だった。
  ➡ 塩基性化合物はリソソームの多い組織(肺や肝臓、腎臓)に分布する傾向がある。

   ※脂溶性の高い塩基性化合物はpH分配によってリソソーム内に蓄積する
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/toxpt/43.1/0/43.1_P-255/_article/-char/ja/

  ➡ 2~3個の導入したアミノ基の数を1つに減らし、残ったアミノ基の塩基性の低減を目指した。
  ➡ アミノ基のα位にカルボキシ基を導入して塩基性を低減し、PEGリンカーを導入した化合物15を創出した。

   ※PEGリンカーはtPSAと回転結合数nROT、水素結合アクセプター数HBAを増やして膜透過性を下げるため


4)化合物15を、ラットの腸管ループアッセイで評価した。
  ➡ 化合物15は0.1mgの経口投与でVehicleと比べてリン吸収を有意に低下させた。
  ➡ 同じ評価系において、臨床で使用されているSH(リン酸吸着剤:セベラマー塩酸塩,投与量 = 700~2,000 mg/日)の5.8 mgや7.8 mgと同程度の有効性であった。

【両性イオンを選択した理由の考察】

膜透過性を下げるために、tPSAと回転結合数nROT、水素結合アクセプター数HBAを増やすだけでなく、電荷を持った官能基を導入する(溶解度の改善も理由の一つだけど)際に、選択肢として、カルボキシ基とアミノ基が考えられる。
そこで最初にカルボキシ基ではなくアミノ基を選択して、肺移行性が上がってしまってカルボキシ基を追加しているが、最初からカルボン酸ではダメだったのか?
って一瞬思ったけど、カルボキシ基は小腸に発現しているトランスポーター(OATP)に認識されて吸収されるリスクを恐れたためだろう。
それでは、両性イオン(アミノ酸)はどうなのか?


トランスポーターで有名な金沢大学の玉井郁巳教授が以下のように述べている。

消化管トランスポ-タ-による医薬品の吸収促進
https://www.jstage.jst.go.jp/article/dds/27/5/27_350/_pdf
アミノ酸トランスポーターの基質認識は非常に厳格で、通常生理基質以外の薬物を輸送することは稀である。


と言うことで、両性イオンだからトランスポーターに乗って吸収されてしまうリスクを避けつつ、膜透過性を下げつつ、溶解度を上げられたのかもしれない。


残念ながら、同じNaPi2b阻害剤であるアステラスさんのASP3325や第一三共さんのDS-2330b(ジカルボン酸!)がヒトで有効性を示せなかった。

医療関係者以外の方に向けた臨床試験結果の要約
https://astellasclinicalstudyresults.com/hcp/docs/3325-CL-0003/LPS/3325-cl-0003-clls-disc01_180822.pdf

NaPi-IIb Inhibition for Hyperphosphatemia in CKD Hemodialysis Patients
https://doi.org/10.1016/j.ekir.2020.12.017

Tenapanorの作用機序の説明に『リン吸収の主要経路である細胞間隙経路からのリン吸収を抑制し・・・』とあったので、NaPi2b阻害だけでは不十分だったのかもしれない。
ラットではリン吸収を有意に低下させていたんだけどな・・・。

 

最後に、協和キリンさんは抗体医薬が有名だけど、低分子創薬もしっかりやっている。
一昨年、RNA創薬の新進気鋭のベンチャーxFORESTさん(京都大学の齊藤博英教授の技術)と、Axcelead社と、三社間共同研究を結んだと発表があった。
https://www.kyowakirin.co.jp/pressroom/news_releases/2021/pdf/20211101_01.pdf
Axceleadさんの化合物ライブラリーを使ってxFORESTの技術でスクリーニングって上手い作戦よなーって思ったけど、
それより何より新しい低分子創薬アプローチに積極的に投資しているのが素晴らしい!
(何も投資しない方がむしろリスクよな・・・。)