lncRNAを狙う低分子創薬

lncRNAを狙う低分子創薬

 

 DNAから転写されるRNAには、タンパク質をコードするmRNAとコードしないncRNAがある。ncRNAには、rRNAやtRNA、miRNAなど様々な機能を持ったRNAがあり、200ヌクレオチド(nt)以上の長さを持つ長鎖ncRNAはlong non-coding RNA (lncRNA)と呼ばれ、他のRNAやタンパク質との相互作用を介して遺伝子の転写や翻訳、エピゲノムの調節等を行うことで細胞の分化や癌化などへの関与が示唆されている。

 Hox transcript antisense intergenic RNA (HOTAIR)は、約2.2 kbのlncRNAである。

HOTAIRは、5’-ドメインがポリコーム複合体 (PRC2)のサブユニットEZH2と結合してヒストンH3の第27番目のリジン残基 (H3K27)をメチル化して遺伝子転写を抑制したり、3’ドメインがヒストン脱メチル化酵素 (LSD1)と結合してH3K4を脱メチル化して遺伝子転写を抑制したり、複数の機能を持つ。HOTAIRとEZH2の結合は、ネモ様キナーゼ (NLK)の発現を抑制して神経膠芽腫および乳癌の腫瘍形成および転移を促進する。

 今回紹介するのは、天津医科大学総合病院の康春生(Chun-sheng Kang)教授によるHOTAIRとEZH2のRNA-タンパク質間相互作用を阻害する低分子化合物ADQを見出した経緯である。

 

大きな標的であってもピンポイントに要所を抑えれば低分子で狙える!

 

Targeted design and identification of AC1NOD4Q to block activity of HOTAIR by abrogating the scaffold interaction with EZH2

https://doi.org/10.1186/s13148-019-0624-2

 

【ハイライト】

1)lncRNAの部分配列に絞って立体構造を予測してバーチャルスクリーニング

2)ADQはRNA-タンパク質間相互作用阻害によって腫瘍の増殖と転移を阻害

3)ADQ(ニトロベンゼン)とHOTAIR(G36)のπ-πスタッキングが相互作用の肝

 

【その1:lncRNAの部分配列に絞って立体構造を予測してバーチャルスクリーニング】

  • 彼らは以前の研究で、HOTAIRの212~300 ntがEZH2結合部位の最小単位として同定している
  • 部分配列(212-300 nt)に絞ってMC-Fold/MC-Symを用いて三次元モデルを構築
    • 予測されたHOTAIR(212-300 nt)の三次元構造は複数のヘアピンループ構造あり
  • AutoDockを用いてPubChemライブラリー2,000化合物のバーチャルスクリーニング
    • 結合自由エネルギー⊿GをAutoDockで計算してTINKERで最適化
    • 高い結合自由エネルギー(⊿G ≦ −8)の7化合物を同定
    • 2化合物(NSC-371876/371878)はDMSOや水に溶解しなかったので排除

  • 5化合物に対して、4種の癌細胞(LN-229, U87-MG, MDA-MB-231, U87-MG/EGFRⅧ)におけるNLK(HOTAIRの転写標的)のルシフェラーゼレポーターアッセイを実施
    • 4種すべての癌細胞で有意にレポーター活性を示したNSC-372295 (ADQ)を取得
      • 次点でNSC-36806がU87-MG/EGFRⅧを除く3つの癌細胞で有意にレポーター活性あり。他の3化合物は活性なしor弱い活性だった
    • ADQは4種すべての癌細胞でNLKのmRNA発現を有意に増加(1.5~2倍)
      • 一方でHOTAIRの発現量は変化しない(影響を与えない)ことを確認
      • ADQをリード化合物として評価を進める

 

【その2:ADQはRNA-タンパク質間相互作用阻害によって腫瘍の増殖と転移を阻害】

  • 2種の癌細胞(U87, MDA-MB-231)においてEZH2抗体を用いたRNA免疫沈降(RNA immunoprecipitation; RIP)を実施
    • ADQ処理によってHOTAIR結合性EZH2シグナルが有意に減少
      • 一方でPRC2と結合する他の5つのlncRNA(MALAT1, HOTAIRM1, KCNQ1OT1, HOXA11, and XIST fragment)との結合性EZH2シグナルは、ADQ処理による有意な減少が観測されず
      • ADQはHOTAIR/EZH2の複合体形成を選択的に阻害する
    • MDA-MB-231細胞においてmRNAマイクロアレイで発現変動遺伝子(DEGs)を解析
      • ADQ処理によって90遺伝子が発現増加、64遺伝子が発現低下(fold change ≥ 0, P < 0.05)
      • 発現低下したmRNAのKEGGパスウェイ解析
        • ADQはWntシグナル経路を負に制御し、細胞接着分子を不活性化し、上皮間葉転換(epithelial-to-mesenchymal transition; EMT)を阻害する
      • HOTAIRをノックダウンするとβ-カテニンシグナル経路が抑制された
        • ADQ処理によって全細胞溶解液および核抽出物におけるβ-カテニン発現が顕著に減少した
      • in vivo試験:MDA-MB-231を移植したゼノグラフトモデルマウスに対して、ADQ(15 mg/kg)を一日おき腹腔内投与で42日間観察
        • 腫瘍面積の減少し、肺転移結節の形成が抑制された
        • 腫瘍切片の組織染色によりNLK陽性細胞の増加を確認
      • ADQはRNA-タンパク質間相互作用阻害によってWnt/β-カテニン経路を負に抑制して腫瘍の増殖と転移を阻害する

 

【その3:ADQ(ニトロベンゼン)とHOTAIR(G36)のπ-πスタッキングが相互作用の肝】

  • AutoDockを用いてADQとHOTAIR部分配列(212-300 nt)の相互作用を解析
    • ニトロベンゼン環が36位のグアニン塩基(G36)とπ-πスタッキングを形成
    • もう一方のニトロベンゼン環は46位のアデニン塩基(A46)周辺のポケットに挿入
    • G36とA46を他の塩基に置き換えた配列でin silico解析すると結合親和性が低下
      • ADQとHOTAIRの相互作用(阻害活性)にはG36とA46が重要
    • ADQの構造活性相関を探索
      • 4種すべての癌細胞のルシフェラーゼアッセイでレポーター活性を示し、NLK mRNA発現増加&HOTAIR発現変化無しはADQ/NSC-372315(ニトロ基)のみ
        • NSC-372315(無置換)は3種の癌細胞でレポーター活性を示したがNLK mRNA発現変化無し
        • NSC-372303(クロロ基)は2種の癌細胞でレポーター活性を示したがNLK mRNA発現変化無し
        • NSC-372303(ジメチル基)は3種の癌細胞でレポーター活性を示したがNLK mRNA発現変化無し、何故かHOTAIR発現増加
      • ニトロ基はADQとHOTAIRの相互作用(阻害活性)に重要
        • 芳香環の共役効果によりπ-πスタッキング相互作用を強化していると考察

 

 今回注目したい点は2つある。

 1つ目は、部分配列に絞って構造予測した点である。標的RNAのHOTAIRは約2.2 kbのlncRNAだが、阻害したいRNA-タンパク質間相互作用の作用部位(HOTAIRがEZH2に結合する最小部分配列, 212-300 nt の89塩基配列)に絞って高次構造を予測した。

 2つ目は、ADQがPRC2複合体と結合する他の5つのlncRNA(MALAT1, HOTAIRM1, KCNQ1OT1, HOXA11, and XIST fragment)との結合は阻害しなかった点である。固定された2つのニトロベンゼン環同士の距離と向きが良かったのかな?一方で周辺展開におけるニトロ基以外(無置換、クロロ基、ジメチル基)でNLK mRNA発現が変化しなかった点も気になる。そんなセンシティブなSARなのか。以前に紹介した『核酸医薬の低分子化』でも、SARが掴みづらかった印象がある。

https://azarashi-panda.hatenablog.com/entry/2023/02/23/135326

 

 ところで、lncRNAを標的とした場合、様々なタンパク質やRNAとの相互作用を介して多様な機能を持っているため、例えば核酸医薬(標的鎖切断誘導型アンチセンスやsiRNA)等で分解してしまうと、生体に重要な機能まで失われて副作用の懸念があるかもしれない(?)から、今回のように抑えたい相互作用だけ阻害するようなアプローチが良いのではないか。そうすると、核酸医薬以外のモダリティ(低分子やペプチド、抗体)でも狙えるんじゃないかな。もちろん核酸医薬(Steric-block型アンチセンス核酸)でも良い。抑えたい相互作用を押さえないといけないけど。