核酸医薬の低分子化(タンパク質の翻訳阻害)

核酸医薬の低分子化(タンパク質の翻訳阻害)

 

近年、新規モダリティとして、標的タンパク質の分解を誘導して無くすPROTACやMolecular Glueが注目されている。
一方で、核酸医薬のsiRNAやアンチセンスによって標的タンパク質の翻訳を阻害するアプローチも、標的タンパク質を産生しなくすることで結果として『無くす』ため、イメージとしては近いのではないかと思う。
今回紹介するのは、Pfizer社による、低分子で標的タンパクの翻訳を止める事例である。



ハイライト
1)HTSヒット取得の経緯:細胞系評価によって標的タンパク(PCSK9)の産生を抑制する化合物を取得
2)誘導体展開による最適化:メチル基を1つ導入しただけで骨髄毒性が低減(メチルスキャン)
3)安全性の比較:骨髄毒性が低減した化合物はPCSK9以外のタンパクの産生抑制が減った(選択性の向上)
4)タンパク質の産生抑制の作用機序:化合物はリボソームのタンパク産生の出口付近でタンパク新生鎖の伸長を止めている
5)注目すべき点:低分子がリボソームに結合することでタンパク翻訳を阻害している

 

【HTSヒット取得の経緯】

A Small-Molecule Anti-secretagogue of PCSK9 Targets the 80S Ribosome to Inhibit PCSK9 Protein Translation (OPEN ACCESS)
https://doi.org/10.1016/j.chembiol.2016.08.016

PCSK9はセリンプロテアーゼである。
主に肝臓に発現しており、細胞表面にある低比重リポタンパク質受容体(LDLR)をエンドサイトーシスやリソソームを介して分解誘導する。
LDLRが分解されると、LDLRによるLDLの細胞内取り込み量が減少するため血清LDL値が上昇し、脂質異常症が引き起こされる。
現在、PCSK9を標的とした脂質異常症の治療薬として、抗体医薬のEvolocumabや核酸医薬のinclisiranが承認されているが、低分子薬はない。

  ※余談:日本では抗PCSK9抗体はアムジェン社のEvolocumab(Repatha)と
   サノフィ社のAlirocumab(Praluent)が承認・販売されていたが、
    アムジェンとの特許侵害訴訟によってAlirocumabは現在販売停止となっている。
   詳しくはFubukiさんの『医薬系特許的判例ブログ』で解説されている。
   https://www.tokkyoteki.com/2020/05/sanofi-alirocumab.html

低分子の治療薬が無い理由として、PCSK9はプロテアーゼとしての活性ではなく、シャペロン分子としてLDLRとタンパク質間相互作用を形成してエンドソーム内でのリサイクリングを阻害することで分解を誘導しているため、PCSK9の触媒活性(プロテアーゼ活性)を阻害するアプローチでは不十分と考えられる。
つまり、PCSK9-LDLRのタンパク質間相互作用(PPI)を阻害する必要があるのだが、一方でPPIの作用部位が平面であるため、低分子でのアプローチするには難易度が高い。
そこで、Pfizer社は、低分子によって、PCSK9のPPIを阻害するよりも、そもそもPCSK9を産生させないことで結果としてPPIを阻害するアプローチを狙った。


まずは、Pfizer社の255万の化合物ライブラリーをスクリーニングした。

1)ProLabelでタグ付けしたPCSK9を過剰発現させたCHO-K1細胞を用いてスクリーニングした。
  → 化合物によるPCSK9分泌の阻害を評価した。
  → 化合物1(R体)を取得した。
   ※ 興味深いことに、化合物1のエナンチオマー(S体)は活性なし

2)ヒト肝癌Huh7細胞(PCSK9発現)を用いて化合物1を評価した。
  → PCSK9の分泌を濃度依存的に減少させた。
  → pro-PCSK9の分泌も減少させた。
  → PCSK9分泌減少に伴い、LDLRの増加およびLDL取込量が増加した。

3)化合物1の作用機序解析その1
  ✓ 113種の酵素やGPCR,イオンチャネル等のパネル評価を実施したところ、5つのGPCRを阻害したが、どれもPSCK9減少の原因では無かった。
  ✓ PCSK9のmRNAレベルが減少していないことをqPCRで確認した。
  ✓ セクレトームへの影響(タンパク分泌阻害?)ではないことをトランスフェリンの分泌量が変わらないことから示唆された。
  ✓ PCSK9が分泌後に分解誘導されていないことをプロテアソーム阻害剤とリソソーム阻害剤等で確認した。
   ※ PCSK9のmRNA転写→タンパク翻訳の間を阻害しているようだ。

4)化合物1の作用機序解析その2
PCSK9はシグナル配列とプロドメイン領域、触媒領域、システインヒスチジンリッチ領域から構成されるproPCSK9として分泌され、シグナル配列の加水分解を経て成熟したPCSK9が分泌される。

  ✓ 細胞系および無細胞系で、proPCSK9のそれぞれの配列を削った影響(部分配列は翻訳されるか?)を評価した。
  → シグナル配列とプロドメイン領域をなくした変異体:活性が消失した。
   ※ N末端のシグナル配列とプロドメイン領域が化合物1によるPCSK9の分泌阻害に必須なようだ。 

5)化合物1の作用機序解析その3
  ✓ ヒトおよび大腸菌リボソームとの結合を遠心分離と資料分析で評価
  ✓ ヒト80Sリボソームへの結合を確認
   ※ 興味深いことに、大腸菌リボソームには結合せず
   ※ 翻訳に共通した部分(リボソーム)に結合して、配列特異的に翻訳を阻害??

 

【誘導体展開による最適化】

Small Molecule Proprotein Convertase Subtilisin/Kexin Type 9 (PCSK9) Inhibitors: Hit to Lead Optimization of Systemic Agents
https://doi.org/10.1021/acs.jmedchem.8b00650

化合物1はPCSK9 ProLuc(ルシフェラーゼレポーターアッセイ)IC50 = 2.63 µMで、
LogD = 1.1、良好な細胞膜透過性でCYP1A2, 2D6, 2C9, 3A4をほとんど阻害せず(3 µMで20%未満の阻害)、細胞毒性もほとんど見られず、良好なプロファイルを持っていた。しかし、代謝安定性が種差間で大きく差があり、ヒト肝ミクロソームに対する固有クリアランスHLM Clint = 20.6 µL/min/minに対して、ラット肝ミクロソームに対する固有クリアランスRLM Clint > 510 µL/min/minと非常に高かった。
そこで、種差間の代謝安定化を目指して誘導体展開を行った。


1)化合物1の4-メトキシフェニルエチル部位を変換した
  → エチル側鎖をベンゼン環に換えて4-ビフェニル7aを合成
  → 活性は20µMで54%阻害と激減したが、HLM Clint = 10.7、RLM Clint = 57.7で改善しつつ種差間に乖離が狭まった

2)4-ビフェニルの末端ベンゼン環をヘテロ環に変換した
  → ピラジン,ピラゾール,ピラゾロピリミジン,トリアゾロピリジンの順に活性向上
  → トリアゾロピリジン7eはIC50 = 0.39で活性が6倍以上向上

3)トリアゾロピリジン7eのイソキノリンをクロロピリジンに変換した化合物7fを合成
  → 活性IC50 = 0.38 µMで維持
  → LogD = 0.8に低減、HLM Clint = 9.7、RLM Clint = 18.2で改善しつつ種差間に乖離が狭まった
   ※ ジクロロベンゼンはナフタレンの等価体と聞いたことがあるが、ジクロロピリジンではなくクロロ1つで十分だった

4)化合物7fはSDラットに5,15,50 mg/kg (mpk)を14日間連続投与で忍容だった
  → 50 mpkで総コレステロール量が30%減少、LDL値が58%減少した
  → しかし同じく50 mpkで骨髄細胞の減少が観察された
   ※ ラット細胞毒性IC50 = 1.2 µMに対して活性活性IC50 = 0.38 µMで、毒性/薬効間のマージンが狭い

5)化合物7fの毒性低減を目指した
  ✓ トリアゾロピリジンにメチル基を導入(メチルスキャン)
  → 5-メチルトリアゾロピリジン7hは活性維持(IC50 = 0.45 µM)で毒性は改善せず(IC50 = 1.0 µM)
  → 6-メチルトリアゾロピリジン7iは活性維持(IC50 = 0.41 µM)で毒性は大幅改善(IC50 > 19.7 µM)

  ✓ ベンゼンに窒素原子を導入(窒素スキャン)
  → 2-ピリジル-4-トリアゾロピリジン7jは活性やや減(IC50 = 0.71 µM)で毒性は大幅改善(IC50 > 12.7 µM)
  → 3-ピリジル-4-トリアゾロピリジン7kは活性大幅減(IC50 = 4.10 µM)

  ✓ 7iと7kを組み合わせて化合物7lを創出
  → 活性やや減(IC50 = 0.71 µM)で毒性は大幅改善(IC50 > 20 µM)

【安全性の比較】

1)14日間連投試験における毒性を評価した
  ✓ 化合物7fは、50 mpkで骨髄細胞の減少が観察された
   → NOAEL(No Observed Adverse Effect Level:無毒性量)は15 mpk(暴露量は478 nM)

  ✓ 化合物7lは、14日間連投試験において、150 mpkで死亡および毒性所見が観察された
   → NOAELは50 mpk(暴露量は4231 nM)

  ✓ 化合物7lは、暴露ベースで10倍近く忍容性が改善した

2)化合物7fで病理学的所見があったラット腸管上皮細胞(IEC-6)で毒性評価
  ✓ 化合物7fで処理したところ、IEC-6に発現している遺伝子由来の新生鎖のうち、52種類の発現が抑制された
  ✓ 化合物7lで処理したところ、11種類の発現が抑制された
   → そのうち、9種類は化合物7fと共通の新生鎖であった(2種類は違った:Cox15とNdc80)
   → 発現抑制の少なさが毒性低減の理由かもしれない
   ※ 新生鎖(NC:Nascent Chain)とは、tRNAが付加した合成途上のポリペプチド鎖である。


3)80リボソームへの結合親和性Kiの評価
  ✓ 化合物7fはKi =  7 µM
  ✓ 化合物7lはKi = 63 µM
   → PCSK9阻害活性は、化合物7f(IC50 = 0.38 µM)と化合物7l(IC50 = 0.71 µM)で大差ないのに、80Sリボソームへの結合親和性は差が大きい
   → PCSL9阻害活性はリボソームへの結合以外の要素もある??
   → リボソームへの結合親和性は毒性低減に関係しているかも??

 

【タンパク質の翻訳阻害の作用機序】

Selective inhibition of human translation termination by a drug-like compound (OPEN ACCESS)
https://doi.org/10.1038/s41467-020-18765-2

化合物7fによるPCSK9の翻訳阻害の作用機序をCryo電子顕微鏡などを用いて解析した。

1)化合物7fは、リボソームのタンパク翻訳の際の出口に結合し、新生鎖の産生(翻訳伸長)を阻害する
  ※ リボソーム出口のトンネルでペプチド新生鎖を捕まえる
  ※ 阻害活性はPCSK9のN末アミノ酸配列(1-35)に依存している

2)化合物7fは、ペプチジルtRNAの加水分解を抑制することで結果として新生鎖の切り出しを阻害する
  ※ 捕まえられた新生鎖はα-ヘリカルな構造を取り、28SリボソームRNAの再配列を誘発する
   → PTC(Peptidyl Transferase Center)の触媒活性を抑制する

 

【注目したい点】

今回の注目したい点は2つある。

1)低分子によって標的タンパクPCSK9の翻訳を阻害している点
  → 核酸医薬(siRNAやアンチセンス)を低分子化した化合物と考えられる

2)リボソームに結合して標的タンパクの翻訳を阻害している点
  → 標的タンパクの新生鎖を構成するアミノ酸の部分配列を認識して阻害しており、選択性は標的タンパクのアミノ酸配列に由来している


同様に標的タンパクの翻訳を阻害するアプローチとして、Veritas In Silico社(VIS社)の手法が挙げられる。
https://www.veritasinsilico.com/platform/

VIS社は独自のin silico技術を駆使して、標的タンパクのmRNAのうち、生体内で高次構造を取りやすい部分配列(低分子が結合しやすい部分配列)を予測できる。
低分子はmRNAの高次構造に結合して複合体を形成・安定化することで、リボソームを介したタンパク翻訳を阻害する。
VIS社は本技術を用いて、塩野義製薬や日産化学、帝人ファーマなど多くの企業と共同研究中である。(帝人ファーマさんは最近アクセリードさんと合弁会社設立の発表があったが今後どうするんだろ)
ちなみに、高次構造を取りやすい部分配列を低分子で狙うとして、逆に高次構造を取りづらい部分配列は核酸医薬で狙いやすい部分となるらしい。
低分子と核酸医薬が狙える部分は異なるようだ。


今回のPfizer社の化合物群は、標的タンパクのmRNAではなく、リボソーム(+新生鎖)に結合して翻訳を阻害しており、一般的なRNAに結合する低分子化合物とは方向性が全く異なるようだ。気になるのは、VIS社のアプローチとPfizer社のアプローチ、どちらの方がより有効性を示しやすいか?選択性を出しやすいか?という点である。

また、一般的なRNAに結合する低分子化合物はアミノ基と縮環を基本ファーマコフォアとして持っているが、今回のPfizer社の化合物群も同様のファーマコフォアを持っている点も面白い。

現在Cryo電子顕微鏡などを駆使して作用機序の詳細が明かされつつあるが、今後同様のアプローチを狙ってデザインできるようになるのだろうか。