細胞治療の低分子化

細胞治療の低分子化

 

 近年、ヒトの免疫に着目した癌免疫療法の研究開発が盛んに取り組まれています。ノーベル医学・生理学賞を受賞した本庶佑先生の免疫チェックポイント阻害薬や高額薬価で話題になったキメラ抗原受容体遺伝子改変T細胞(CAR-T)療法(最近はもっと高薬価な医薬品が出てるけど)、などが挙げられます。

 一方、免疫活性化とは逆に、免疫を抑制する治療法『免疫寛容』にも注目が集まっています。関与するのは制御性T細胞(regulatory T cell = Treg細胞)です。Treg細胞の適用が想定される疾患は多発性硬化症や乾癬、1型糖尿病などの自己免疫疾患や、移植後の免疫拒絶反応などです。基本的には患者由来のTreg細胞を増殖させて投与する形式、つまり細胞治療の一種に該当します。

 今回、その細胞治療を低分子で行うアプローチを紹介します。

メドケム論文ではないので考察はなく紹介のみですね・・・。

低分子による免疫抑制細胞の産生!

 

【ハイライト】

1)Treg細胞産生を誘導する低分子化合物AS2863619を取得した

2)AS2863619は、CDK8/19阻害によってTreg細胞産生を誘導している

3)AS2863619は、Foxp3(Treg細胞マーカー)の転写を促進するSTAT5を不活化するCDK8/19を阻害する

4)AS2863619は、皮膚炎やⅠ型糖尿病、多発性硬化症のモデルマウスで薬効あり

 

Conversion of antigen-specific effector/memory T cells into Foxp3-expressing Treg cells by inhibition of CDK8/19

https://www.science.org/doi/10.1126/sciimmunol.aaw2707

 

【その1:Treg細胞の産生を誘導する化合物の取得】

● T細胞受容体(TCR)を刺激した状態でFoxp3 CD4+ ナイーブT細胞からFoxp3+ Treg細胞を産生する化合物の取得を目指した

● 5,000化合物ライブラリーをスクリーニングしてAS2863619(以下、AS)を取得

 ✓ ASのFoxp3+ T細胞の誘導活性は用量依存的であった

 ✓ ASは活性濃度において細胞毒性は示さず、T細胞の増殖活性を抑制しなかった

 ✓ ASはCD4+だけでなくCD8+ T細胞に対しても同様にFoxp3を誘導した

※ Foxp3はTreg細胞の分化、機能発現、分化状態の維持すべてにおいて必須の役割を担う転写因子であり、Treg細胞同定のマーカー分子としても用いられる

● ASは炎症性サイトカイン存在下であってもFoxp3を誘導した

※ Treg細胞はTGF-βによって産生誘導されることが知られているが、炎症性サイトカイン存在下ではFoxp3誘導できない

 ➡ ASによるFoxp3誘導にTGF-βは必要なかった(TGF-βとは異なる経路)

 ➡ ASにより産生したTreg細胞の機能はTGF-β刺激により産生したTreg細胞と同等

● ASはエフェクター/メモリーT細胞に対しても同様にFoxp3を誘導した

 ➡ TGF-β刺激によるFoxp3誘導はナイーブT細胞に対してのみ

  (エフェクター/メモリーT細胞に対しては誘導できない)

● ASとTGF-β両方による刺激は、シナジー効果があった。

● ASによるFoxp3誘導は、抗原刺激とIL-2が必要であった。

【その2:ASの標的分子の同定】

● AS誘導体(光反応性リガンド)を用いてASが結合するタンパクを探索した

 ➡ AS結合タンパクの候補は、CDK8, CDK19, GSK3α, GSK3β

 ➡ 既知のCDK8/19阻害剤、GSK3α/β阻害剤のFoxp3誘導活性を評価した

 ➡ CDK8/19阻害剤はFoxp3を誘導したが、GSK3α/β阻害剤は誘導せず

 ➡ CDK8/19はASのFoxp3誘導活性の標的タンパクと考えられる

※ CDK8および19はセリンスレオニンキナーゼであり転写制御に関与している

RNA干渉でCDK8または19をノックダウンするとFoxp3転写が増加した

● CDK8または19の変異体(不活化)も同様にFoxp3転写が増加した

 

【その3:CDK8/19阻害によるTreg細胞産生の作用機序】

● Treg細胞産生の流れは以下の通り

 ➡ 抗原刺激を受けてIL-2が分泌される

 ➡ T細胞内で転写因子STAT5のチロシン残基がリン酸化される(活性化)

 ➡ 活性化したSTAT5によってFoxp3遺伝子の転写が促進される

 ➡ Treg細胞の産生

● CDK8はSTAT5のPro-Ser-Proモチーフのセリン残基をリン酸化する

● STAT5のチロシン残基リン酸化は抑制される(不活化)

● ASは、CDK8/19を阻害することでSTAT5不活化を防ぎ、Foxp3遺伝子の転写を促進し、Treg細胞の産生を誘導する

 

【その4:モデル動物で有効性を確認】

● 2,4-Dinitorofluorobenzene (DNFB)によって誘導されたアレルギー性接触皮膚炎モデルマウスに対して、AS (30mpk)を2週間、経口投与すると耳介肥厚 (Ear swellings)が優位に減少した

 ✓ Foxp3+ 細胞が優位に増加することを確認した

 ✓ Treg細胞を除去すると、Foxp3+ 細胞が増加せず、薬効も消失した

● NODマウス(Ⅰ型糖尿病モデル)に対して、AS (30mpk)を2週間、経口投与すると糖尿病の発症 (Diabetes incidence)を抑制した

 ✓ Foxp3+ 細胞が優位に増加することを確認した

● Experimental autoimmune encephalomyelitis (EAE) 実験的自己免疫性脳脊髄炎マウス(多発性硬化症モデル)に対して、AS (30mpk)を2週間、経口投与するとEAEスコア(重症度の所見)を優位に改善した

 ✓ Foxp3+ 細胞が優位に増加することを確認した

● CDK8/19阻害剤AS2863619は、Treg細胞産生を誘導することで、炎症性疾患の治療薬となり得る

 ✓ TGF-βによるTreg産生経路とは異なり、ナイーブT細胞だけでなくメモリー/エフェクターT細胞もTreg細胞に誘導し、炎症性サイトカイン存在下でもTreg細胞を誘導する

 

 本研究の後、京都大学武田薬品との共同研究(T-CiRA)において、CDK8/19阻害剤がヒトiPS細胞を膵β細胞への分化を誘導することも見出している

CDK8/19 inhibition plays an important role in pancreatic β-cell induction from human iPSCs

https://doi.org/10.1186/s13287-022-03220-4

 

 細胞治療を他のモダリティで代替する事例として、大阪大学の玉井克人先生の研究成果を元にした阪大発ベンチャーのステムリム社の再生誘導ペプチド(https://stemrim.com/)があります。レダセムチド(HMGB1断片ペプチド)を投与することで、間葉系幹細胞MSCを刺激して血中動員し、損傷部位に集積させて組織再生を誘導する治療アプローチです。

 ステムリム社によると、従来の細胞治療には、①製造コストが高い/特殊な培養施設の必要性、②体外培養工程による細胞の変質リスク、③承認審査ルールの未整備、④採取~培養期間(自家培養時)と早期治療機会の損失、⑤保管・流通コストが高い、が課題として考えられる、同社の再生誘導ペプチドは、体外で培養し加工した細胞を用いず、医薬品投与によって患者自身の体内での間葉系幹細胞の集積誘導による再生医療を実現することで、これらの課題を解決する可能性がある、と述べています。非常に興味深い創薬アプローチと思います。これが更に低分子で実現できたら面白いですね。

 

 今までペプチド医薬の低分子化や核酸医薬の低分子化(今回は細胞治療の低分子化)と、他のモダリティを低分子で代替する創薬アプローチについて紹介してきました。

 近年、低分子以外の様々なモダリティ(ペプチド医薬や抗体医薬、核酸医薬、細胞治療、遺伝子治療など)の医薬品が承認され、さらに、抗体と低分子を連結させたAntibody-Drug Conjugate (ADC)やペプチドと低分子を連結させてPeptide-Drug Conjugate (PDC)、核酸医薬に低分子またはペプチドをDrug Delivery System (DDS)として連結させて組織特異的に移行させる、標的タンパクに結合する低分子とE3リガーゼに結合する低分子を連結させて標的タンパクを分解誘導するProteolysis Targeting Chimera (PROTAC)など、モダリティ同士を組み合わせるアプローチの研究開発も積極的に取り組まれています。次第にモダリティ間の境目がぼやけてきて、MSC産生誘導ペプチドや細胞内を標的とした抗体、核酸に結合する低分子など、お互いのモダリティに浸食して混ざり合っていくかもしれません。その中で、他のモダリティでも出来ること、それぞれのモダリティにしか出来ないことを見極めることが大事だなと思いました。対象疾患とか創薬コンセプトを設定する際にね。あと組み合わせを考える際にも。