マジックメチルを狙って入れる_その3

マジックメチルを狙って入れる_その3

 

 以前にメチル基を導入することで立体配座を制御して安定配座を活性配座に近づけて活性向上を達成した事例を紹介しましたが、今回はJTさんによる「メチル基を導入することでInduced fitを引き起こしつつ安定配座と活性配座を近づけたKeap1-Nrf2タンパク質間相互作用阻害剤」の研究です。

 既知化合物において、共有結合型は毒性懸念、非共有結合型は物性の悪さという課題があったため、彼らは、非共有結合型で良好な物性を持ったHTSヒット化合物を元に、その物性を維持しながら活性向上を目指しました。

 

『タンパク質間相互作用を阻害する』、『良好な物性を維持する』

「両方」やらなくっちゃあならないってのが

「メドケム」のつらいところだな

Methyl and Fluorine Effects in Novel Orally Bioavailable Keap1–Nrf2 PPI Inhibitor

https://doi.org/10.1021/acsmedchemlett.3c00067

 

 慢性腎臓病(CKD)は、糸球体濾過量(GFR)低下やアルブミン尿を含む腎機能の進行的損傷をもたらす病気であり、最終的には腎不全をもたらす。CKD患者数は世界中で毎年増加しており、2040年には5番目の死亡要因になると予測されている。近年、SGLT2阻害剤やミネラルコルチコイド受容体拮抗薬が治療薬として承認されたがアンメットメディカルニーズは依然として高い。

 Nuclear Factor Erythroid 2-related factor 2 (Nrf2)は、約250の抗酸化タンパク質の産生を促進する酸化ストレス応答転写因子である。Nrf2は通常Kelch-ECH-associated protein 1 (Keap1)と結合してプロテアソーム-ユビキチン系で分解されるが、酸化ストレスに曝されるとKeap1との結合から放出されて機能を発揮する。

 バルドキソロンメチルは、Keap1と共有結合を形成することでNrf2を活性化させ、臨床試験においてステージ3-4のCKD患者の推算糸球体濾過量(eGFR)を有意に改善した。しかし、心不全の発現リスクが確認されたため開発は中止された。

https://www.kyowakirin.co.jp/pressroom/news_releases/2013/20131111_01.html

副作用の原因の一つとして、バルドキソロンメチルはマイケルアクセプターを持つためKeap1以外の分子のシステイン残基とも反応してしまったためと考えられる。

 

ちなみに、バルドキソロンメチルはその後安全性に配慮して国内で再開されたが、

https://www.kyowakirin.co.jp/pressroom/news_releases/2014/20140702_01.html

末期腎不全(ESRD)が最初に発現するまでの期間を改善できず中止している。

https://www.kyowakirin.co.jp/pressroom/news_releases/2023/20230510_01.html

 

 Keap1-Nrf2タンパク質間相互作用を阻害する多くの化合物の研究が報告されてきたが、非共有結合型の化合物のほとんどは物性が悪く(低溶解性または低膜透過性による低バイオアベイラビリティin vivoで高クリアランス)、臨床試験まで進んだ例はまだない。

そこで、JTは非共有結合型のKeap1-Nrf2タンパク質間相互作用阻害剤で良好な物性を持ち、腎で抗酸化作用を示す化合物の創製を目指した。

 

【ハイライト】

1)HTSヒット化合物の溶解度/膜透過性/代謝安定性を評価して選抜

2)異なるケミカルクラスのX線解析と比較して置換基導入によるInduced fitをデザイン

3)異なるケミカルクラスのX線解析と比較して置換基導入による水素結合を狙う

 

【HTSヒット化合物の溶解度/膜透過性/代謝安定性を評価して選抜】

  • 自社化合物ライブラリーに対して、Biacoreを用いたHTSを実施した。
    • Nrf2のNeh2ドメインの部分配列(ETGE peptide)を固定して、Keap1のKelchドメイン(Nrf2結合部位)と化合物の混合溶液を流して評価。
  • Nrf2-Keap1結合阻害活性を有するスルホンアミド6およびβ-アミノ酸7を取得。
    • どちらも高い溶解性(Solubility)および良好な膜透過性(Caco2 Papp)あり。
    • スルホンアミド6はヒト/ラット肝ミクロソーム代謝安定性が低いためボツ。
  • セミ体7を光学分割して活性本体の(S)体9を取得。

 

【異なるケミカルクラスのX線解析と比較して置換基導入によるInduced fitをデザイン】

  • 化合物9の良好な物性を維持しながら活性向上を目指すために、なるべく小さな構造変換/置換基導入により、分子量を大きくしない合成展開を実施。
    • 活性評価に加えて、Ligand Efficiency(LE)も考慮する。
  • 化合物9とKeap1のKelchドメインの複合体のX線結晶構造解析を実施。
    • カルボキシ基が、Arg483残基とイオン結合、Ser508残基と水素結合を形成。
    • アミドのカルボニル基が、Ser555残基と水素結合を形成。
    • トルエン部分が、β-プロペラ-構造のトンネル入口の疎水性領域を占有。
    • テトラヒドロナフタレン部分が、Tyr572残基で形成された疎水性領域を占有。
  • 異なるケミカルクラスのX線結晶構造解析と比較すると、アミノ酸残基の位置が違った。
    • Ile461の位置が違った:9との複合体では内側(カルボキシ基近く)にあるが、他のケミカルクラスとの複合体では外側にフリップしている。
      • カルボキシ基α位に置換基を導入してIle461のInduced fitを狙う。


化合物9のカルボキシ基α位に置換基を導入。

    • メチル基導入により(S)体12は活性減弱、(R)体13は活性が14倍くらい向上。
    • エチル基導入した(R)体15は活性減弱。

  • 化合物13の活性が向上した要因を解析。
    1. X線結晶構造解析:導入されたメチル基は、Ile461がフリップしてできたスペースを占有。(メチル基導入によるInduced fit)
    2. MD計算によるWater Map解析:Ile461がフリップしてできたスペースにある水分子はエネルギー的に不安定であるため、メチル基を導入して退かすと有利。
    3. 配座解析:メチル基導入によって活性配座が安定化。
    4. 等温滴定熱測定(Isothermal Titration Calorimeter: ITC):化合物13は化合物9と比較して⊿Gが3下がっているが、その内訳は、⊿Hほとんど変わらず、−T⊿Sが1.5下がっている。
      • メチル基導入による活性向上はエントロピー駆動型(疎水性相互作用や配座安定化)によるもの。

 

【異なるケミカルクラスのX線解析と比較して置換基導入による水素結合を狙う】

  • 異なるケミカルクラスのX線結晶構造解析と比較すると、水素結合のチャンスあり。
    • 他のケミカルクラスではベンゾトリアゾール基が水素結合アクセプターとしてGln530残基と水素結合を形成。
      • 他のケミカルクラスのベンゾトリアゾール基は、化合物13におけるアミドのカルボニル基α位に近い位置。
      • 水素結合アクセプターを導入して水素結合を狙う

  • 合成を容易にするために化合物13の構造を単純化(テトラヒドロナフタレンをベンゼンに変換)した化合物16のアミドのカルボニル基α位に水素結合アクセプターを導入。
    • 極性基を導入したジケトン17やメトキシ20は活性減弱、フルオロ基を導入した(S)体23は活性が19倍以上も向上、(R)体24は活性減弱。
    • 元化合物13に適用した(S)体25は活性が31倍以上も向上。

  • 化合物25の活性が向上した要因を解析。
  1. X線結晶構造解析:導入されたフルオロ基は、距離的にGln530残基と水素形成が示唆。(F-N距離 = 2.97 Å)
  2. MD計算によるタンパク質の各残基の相互作用している傾向:Ser555とより安定な水素結合形成が示唆。
    • 化合物13との複合体では、Ser555はGln530と分子内水素結合を形成しており、化合物13のアミドのカルボニル基との水素結合はあまり安定では無い。
    • 化合物25では、フルオロ基がSer555とGln530の間に入ることで、Ser555はGln530から引き離されて、アミドのカルボニル基との水素結合が増強。
  3. 等温滴定熱測定(ITC):化合物25は化合物13と比較して⊿Gが4下がっているが、その内訳は、⊿Hが3.9下がり、−T⊿Sが2.5上がっている。
    • フルオロ基導入による活性向上はエンタルピー駆動型(上記水素結合の獲得/増強)によるもの。
    • 一方で、フルオロ基導入によりF-C-C=Oの角度が安定配座(逆平行)と活性配座(25.5°)で乖離が生じ、エントロピーのロスを招いている。

     (エンタルピーゲインとエントロピーロスで差し引き活性向上)

  • 化合物25のin vivo試験を実施。

化合物25は、元のHTSヒット7から溶解度/膜透過性/代謝安定性を維持し、目標とした高溶解性かつ高膜透過性かつ高バイオアベイラビリティin vivoで低クリアランスを達成。

  • Wister ratに化合物25を経口投与6時間後の腎臓組織中のHO-1タンパク量を評価。
    • 用量依存でHO-1タンパクの増加が観測、30 mpkでvehcleの4.6倍増加。
    • BARD(3 mpk)と同等の薬効を示した。
  • 共有結合型のKeap1-Nrf2タンパク質間相互作用阻害剤で良好な物性を持ち、腎で抗酸化作用を示す化合物25を創製できた。

 

 今回注目したいポイントは2点あります。

 一つ目は、HTSヒット化合物の時点でPKプロファイルを取得していることです。一見すると化合物7より化合物6の方が、不斉点が無く、合成上の切り口的に展開しやすそうだなって感じましたが、代謝安定性が全然ダメなので場合によっては泥沼に入りかねません。前職ではリード化合物創出のステージにおいて、ある程度in vitro活性を上げてin vivo評価に進む際に初めてPK評価を実施することが一般的で、そこで代謝や暴露が全然ダメで仕切り直すこともあったため、あらかじめ良好なPKプロファイルが担保されているのは良いなと思いました。これは、以前に塩野義さんがS-217622(Ensitrelvir)を超スピードで創製した際にも感じましたし、最近では中外さんの環状ペプチドにおいてヒットの時点で膜透過性と代謝安定性が担保されるようにデザインした際も同様です。

(とは言え、動態研の立場からしたら毎回全部やっていたらキリがないでしょうけど)

塩野義さん:https://azarashi-panda.hatenablog.com/entry/2022/11/26/122918

中外さん:https://azarashi-panda.hatenablog.com/entry/2023/11/30/055443

 

 二つ目は、異なるケミカルクラスのX線解析と比較して置換基導入をデザインしたことです。特にアミノ酸残基の位置の違いからInduced fitを狙ってデザインしてそれがハマった点は秀逸です。自分も前職でときどき狙いましたが上手くいった試しが無かったので、素晴らしいと思いました。結果として、導入したメチル基はInduced fitを引き起こしつつ、安定配座と活性配座を近づけるマジックメチルとなりました。このように複数のデータを元に、計算化学者と協力して、三次元的で動的な相互作用を制御する化合物をデザインするのが、メドケムの難しさであり楽しさですよね。

興奮してきたな。