暗黒大陸を行く(出航編)

暗黒大陸を行く(出航編)

 

#souyakuAC2023

 

 現在の創薬モダリティの主流と言えば、もちろん低分子と抗体である。しかし、これらで狙うには難しい創薬標的がある。細胞内のタンパク質間相互作用(PPI:Protein-Protein Interaction)である。ヒト細胞内には、およそ15~30万種類のPPIが存在すると言われ、細胞内シグナル伝達など重要な役割を担っていることから、それらの異常は様々な疾患と関連が示唆されている。

 中外製薬は、細胞内PPIを標的とした創薬アプローチとして中分子創薬の一つである環状ペプチドのプラットフォーム技術を構築し、KRAS阻害剤に適用を試みた。充実した内容の論文であるため、技術構築(出航編)と創薬適用(上陸編)に分けて紹介する。

 

つまりは創薬の豊かな未来がそこには眠っているのでホイ!!

 

Validation of a New Methodology to Create Oral Drugs beyond the Rule of 5 for Intracellular Tough Targets

https://doi.org/10.1021/jacs.3c07145

 

【ハイライト】

1)中分子創薬として環状ペプチドを選択

2)アミノ酸数 = 11個, CLogP ≧ 12.9, N-アルキル化 ≧ 6個が膜透過しやすい

3)mRNAディスプレイ法とNCLで硫黄フリーの環状ペプチドを合成

 

【その1:中分子創薬として環状ペプチドを選択】

  • 代表的な中分子創薬核酸医薬、鎖状ペプチド、環状ペプチド)の中から、環状ペプチドを選択した。
    • 中外製薬の得意なバイオテクノロジーを用いた多様性に富むライブラリーの構築・ヒット化合物を取得できる。
    • 化合物の構造がアミノ酸で構成されており、環状で固定されているため、母核の大きな変化を伴わずに側鎖の違いで化合物間のデータを比較できる。
  • 環状で固定された母核を持ったヒット化合物が、すでにドラッグライク(ここでは良好な細胞膜透過性と代謝安定性と定義)であることは非常に重要である。
    • 臨床候補化合物の取得を目指した最適化合成のステージにおいて、大きな構造変化を伴わずにアミノ酸の側鎖の検討で活性やドラッグライクの改善に専念できる。
    • 母核がダメだと構造変換など広く探索して各プロファイルの両立が難しい。(低分子と一緒)
  • 低分子で言うリピンスキーのルールオブファイブ(Ro5)のようなドラッグライクな化合物を取得するための基準(クライテリア)を環状ペプチドで設定したい。
    • 経口吸収性のある環状ペプチドとして有名なシクロスポリンを参考に、ライブラリーを構築して評価した。

 

【その2:アミノ酸 = 11個, CLogP ≧ 12.9, N-アルキル化 ≧ 6個が膜透過しやすい】

  1. シクロスポリンを参考に553個のペプチドを用意した。

 

553ペプチド

シクロスポリン

アミノ酸残基の数

8~12

11

N-アルキル化の数

0~8

7

CLogP

4.4~15.2

14.4

ヒドロキシ基の数

0~1

1

分子量

845~1,499

1,203

 

  1. in vitroで細胞膜透過性と代謝安定性を評価した。
  • Caco-2細胞膜透過性:Caco-2 Papp
    • クライテリアはCaco-2 Papp ≧ 40×10-6と設定した。
    • シクロスポリンは3×10-6クラリスロマイシンは0.79×10-6、テリスロマイシンは0.44×10-6
    • 結果:アミノ酸残基が8~11個で合格率26~38%、12個は9%に激減した。
  • ヒト肝ミクロソーム代謝安定性:hLM CLint,mic
    • クライテリアはhLM CLint,mic ≦ 100 μL/min/mg proteinと設定した。
    • シクロスポリンは72
    • 結果:アミノ酸残基が増えると安定化して合格率が向上(8個=49%、9個=42%、10個=53%、11個=78%、12個=91%)
  • 加水分解による代謝はメジャーではなく酸化的代謝が支配的であった。
  • シクロスポリンも加水分解ではなくCYPによる酸化的代謝が主流である。
  • ドラッグライク(細胞膜透過性と代謝安定性の両立)は11残基が良い。
    • クライテリア合格率:8個=4%、9個=9%、10個=11%、11個=23%、12個=6%
    • クライテリアを満たす条件:CLogP ≧9, N-アルキル化の数 ≧ 6個
    • ヒドロキシ基の数は1~2個は膜透過性に影響なし、3個はダメ。
    • カルボキシ基やアミノ基など電荷を持つ残基は膜透過性を下げるからダメ

 

  1. in vivo代謝安定性と分布容積、生体内利用率を評価した。

        ※マウスに5 mg/kgの静注(iv)投与と20 mg/kgの経口(po)投与

  • マウス代謝安定性:in vivo mouse CL
    • in vitro mouse CLint,mic ≦ 95 μL/min/mg proteinを満たす構造の異なる13個のペプチドのうち、12個のペプチドがin vivo mouse CL < 10 mL/min/kgでドラッグライクな低分子薬と遜色ない代謝安定性であった。
    • 一方でin vitro CLが100を越えるネガティブコントロール用の3個のペプチドはすべてin vivo CLが15を越えた。
  • マウス分布容積:Vss
    • in vitroのCaco-2細胞膜透過性とin vivoのマウス分布容積は相関があった。
    • Caco-2 Papp ≧ 40×10-6を満たす構造の異なる13個のペプチドは全てVss ≧ 0.20 L/kgであった。
    • 一方でCaco-2が20×10-6を下回るネガティブコントロール用の3個のペプチドは全てVssが0.20を下回った。
  • 抗体(Vss ≒ 060 L/kg)は血液中のみ分布しているが、本ペプチド(Vss ≧ 0.20 L/kg)は体液や細胞間質まで分布しており細胞内への透過が示唆される。

         ちなみに1.0 L/kgで全身一様に分布、≧5.0 L/kgで一部組織に高濃度分布

  • ドラッグライクなプロファイルを持つ12個のペプチドの1つである環状ペプチド131は、マウスだけでなくラットやイヌ、サルにおいても低CL(1.7~3 mL/min/kg)および適度なVss(0.70~3.0 L/kg)、良好な生体内利用率(13~49%)であった。

 

【その3:mRNAディスプレイ法とNCLで硫黄フリーの環状ペプチドを合成】

  • mRNAディスプレイ法によってペプチドを翻訳合成する。
    • N-アルキル化アミノ酸(NAA)を含むtRNAの調製は、一般法のNAAでアミノアシル化したpdCpA (5'-phospho-2'-deoxyribocytidylylriboadenosine)や、ペプチドリーム社が利用する活性型NAAとフレキシザイムの組み合わせではなく、pCpAと変異型ARS (aminoacyl-tRNA synthetase)をNAAに応じて使い分けた。
    • pdCpAはNAAを1つ導入するのは可能だが2つ連続して導入するのは難しい。pCpAと変異型ARSは連続したNAAも導入可能。
  • 環状ペプチドに代謝懸念あるジスルフィド結合やチオエーテル結合は入れない
    • N末はN-メチル化Cys, C末はチオエステル化Aspで、その間に9つのアミノ酸を入れて環化し11残基の環状ペプチドを構築する。
    • NCL (Native Chemical Ligation)を利用した環構築:N末Cys残基SHがC末チオエステル化Asp残基にSN2反応して環構築した後、N末Cys主鎖アミノ基が環状チオエステルを攻撃して置き換わり、最後に脱硫化反応でSHを除去する。
    • 翻訳途中のN末Cysは主鎖アミノ基を4-azidobenzyloxycarbonyl (Acbz)基で、残基SHをStBuとジスルフィド形成で保護し、NCL前に脱保護する。
  • 環状ペプチドを構成するアミノ酸は、19種類でコドン表を作成した。
  • 構築したペプチドプラットフォームをKRAS阻害剤に適用した。(次回紹介)

 

 今回、中外製薬が見出した環状ペプチドに関して、①シクロスポリンを参考にデザインした、②誘導体の膜透過性と代謝安定性を評価した、③mRNAディスプレイ法で合成した、どれも一般的で多くの製薬企業が取り組んできたであろう。元弊社もやっていた気がする。

 個人的に良いと思ったのは、NCLと脱硫化反応によって硫黄フリーな環状ペプチドをデザインした点と、アミノアシル化tRNA調製にpCpAと変異型ARSを利用した点。

 また、膜透過性を考慮して電荷を持つアミノ酸を除いた点も興味深い。一般的にタンパク質表面は水和のため極性残基が多くてタンパク質内面はフォールディングのため疎水性残基が多いと聞いたことがあるので、タンパク質表面を狙うPPI電荷を持った残基が必要だろう、と勝手に想像していた。以前にペプチド医薬をやっている研究者からも「配列に極性アミノ酸を1つ入れるのがポイント」みたいな話を聞いた気がするし・・・って思っていたけど、同社ケミストに聞いたら「タンパク質表面は極性アミノ酸が多い傾向があるかもしれないが、PPIの作用面は疎水性残基が多い傾向があるから、膜透過だけでなく、相互作用的にも疎水性残基を中心に構成して良い」みたく言われ、なるほどと思った。(語弊あったらすいません)

 さすが中外さんや!おれ(たち)にできない事を平然とやってのけるッ

 そこにシビれる!あこがれるゥ!