持続性の良い化合物を狙って取得するには?(Binding Kinetics)

#souyakuAC2021

 

同じ結合親和性(Binding Affinity)でも結合反応速度(Binding Kinetics)が異なると、薬効・動態・毒性のプロファイルが異なる。

例えば、
 はやく結合してはやく離れる → キレの良い薬効
 おそく結合しておそく離れる → 持続性の良い薬効(Slow Dissociation)
他にもBinding Affinityの選択性が低くてもBindin Kineticsに差があれば副作用が出づらい・・・かもしれない。

 

Discovery of Novel IGF-1R Inhibitors with Unique Time-Dependent Binding Kinetics
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/ml400160a

OSI Pharmaceuticals社が創出したOSI-906に関して、元々キノリン骨格の4位は無置換であったが、メトキシ基を導入した化合物1は薬効の持続時間が延びた。具体的には、評価の際に化合物をインキュベートした後に洗い流しても薬効が維持していた。
薬効が持続する時間を半減期を用いてinhibitor-IGF-1R half life(t1/2)で比較すると、OSI-906のT1/2=0.2hであるのに対し、化合物1のt1/2=2.7hと14倍も延びた。

キノリン4位の置換基を探索したところ、
 化合物1:メトキシ基t1/2=2.7h(IGF-1R cell IC50=3nM)
 化合物2:エトキシ基t1/2=133h(IGF-1R cell IC50=4nM)
 化合物3:イソプロポキシ基t1/2=4.2h(IGF-1R cell IC50=10nM)
 化合物4:フェノキシ基t1/2=5.6h(IGF-1R cell IC50=23nM)
興味深いのが、IC50と相関していない点である。
エトキシ基の化合物2は化合物1とセル系で同等の阻害活性を示しながら、t1/2は49倍に延びた。(OSI-906と比較すると665倍)
置換基の大きさはエトキシ基が限界で、これ以上大きくすると阻害活性とt1/2の両方とも低減してしまった。と言っても、化合物4は化合物1の1/8の阻害活性だがt1/2は2倍なのでやはりIC50とt1/2は相関してない。

持続性は、実際にin vivo評価でも有効であった。
ゼノグラフトモデルの2週間連投試験で腫瘍の大きさを評価したところ、
 化合物1は5mpk(1日1回投与)で腫瘍ボリューム増大を抑制したが、
 化合物2は2mpk(1週間1回投与)で腫瘍ボリューム増大を抑制した。

持続性が延びたはっきりとした理由は分からないが、キノリン構造は標的タンパクの疎水性ポケットに位置しているので、4位への置換基導入が上手くハマったのかもしれない。


小野薬品さんからも同様の報告例がある。

Discovery of a Slow Tight Binding LPA1 Antagonist (ONO-0300302) for the Treatment of Benign Prostatic Hyperplasia
https://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/acsmedchemlett.7b00383
新規LPA1拮抗薬の創製:化合物設計、合成、及び構造活性相関の研究      
https://www.jstage.jst.go.jp/article/medchem/27/3/27_144/_article/-char/ja/

自社ライブラリーからHTSで化合物1(IC50=4.4µM, MW=479, cLogP=6.24)を取得した。
パラレル合成等を経て、化合物1のビフェニルカルボン酸部位をフェノキシカルボン酸に変換した化合物3(IC50=0.0035µM, MW=574, cLogP=8.24)を見出したが、分子量(MW)と脂溶性(cLogP)が増大しすぎてin vivo有効性の向上にはつながらなかった。
分子量(MW)と脂溶性(cLogP)の低減を志向しつつビフェニルカルボン酸をフェニル酢酸に変換した化合物4(IC50=0.16µM, MW=461, cLogP=5.29)は、in vivo試験(LPA惹起ラット尿道内圧モデル)で経口投与10mpkで有意に薬効を示し、ID50=11.6mpkであった。

更なる誘導体合成を経て、化合物4のアミド構造のカルボニル基をヒドロキシ基に、窒素原子を炭素原子に変換した化合物7(不斉あり_S,S体)は、IC50=0.061µMであり、in vitro阻害活性が化合物4と比べて2.5倍くらい改善したが、in vivo試験ではID50=0.97mpkと10倍以上も改善した。
化合物4と7の違いを比較するために、前述の論文と同様に評価の際に化合物をインキュベートした後に洗い流して評価したところ、化合物4は1回、2回と洗浄するたびに阻害活性が低下したが、化合物7はほとんど下がらなかった。

次に、化合物7から誘導した周辺化合物19と化合物4のトリチウムラベル体を用いて、LPA1受容体強制発現CHO細胞から調製した膜画分を用いた結合試験を行い、経時変化を比較した。
 化合物4 :Kd=8.12nM(0.5h), Kd=6.54nM(1h), Kd=5.96nM(2h), Kd=10.2nM(4h)
 化合物19:Kd=2.34nM(0.5h), Kd=1.26nM(1h), Kd=0.74nM(2h), Kd=0.49nM(4h)
化合物4はインキュベート後2時間で最大のKdを示してその後は低下したが、化合物19は0.5時間、1時間、2時間、4時間と時間を経るごとにKdは上がった。最終的には24時間後でも活性を維持していることをin vitro試験で確認した。

化合物19はラットのクリアランスが20mL/min/kgと非常に代謝不安定であったにも関わらず、前述の論文と同様に、in vivo試験で持続的に薬効を示した。

X線共結晶構造解析およびMD計算から、相互作用の違いを考察した。
化合物4は、アミノ酸残基(Gln125, Asp129, Tyr202)の水素結合ネットワークがアポ体とほとんど類似しており、そのまま化合物4が入って相互作用していた。MD計算で50nsの間で揺らぎが大きかった。
一方で化合物19は、アミノ酸残基(Gln125, Asp129, Tyr202)の水素結合ネットワークがアポ体から変化しており、化合物19を含めて水素結合ネットワークを再構成していた。MD計算で50nsの間で揺らぎが小さかった。

 

【個人的な感想】
Binding Kinetics自体は、例えばSPRでKon/KoffやKoffの逆数(residence time)で算出できるが、膜タンパクなどSPR構築自体が難しい標的の場合はWash-outも有効な手段と思う。
ただし、算出自体は出来るかもしれないが、ゆっくり結合する化合物を狙って見出す(デザインする)ことは出来るのだろうか?

個人的には、Binding KineticsにInduced Fitが関係しているのではと考えている。

小野薬品さんの事例から、化合物が標的タンパクと結合する際に、アミノ酸残基同士の相互作用を変化させて自身も入り込むような相互作用、これは多分Induced Fitの一種ではないだろうか。前述の論文も、もしかしたらメトキシ基やエトキシ基が疎水性部位のInduced Fitを引き起こしてポケットにハマったのかも。

シミュレーションでInduced Fitは予測できるのだろうか?
以前にアミノ酸残基のFlexibilityの高い領域から狙えないかと妄想してチャレンジしたことがあるが、自分は今のところ狙って獲得できたことはない。(分子を大きくしてたらresidence timeが延びたことはあるけど、Induced Fitに依るものか分からなかった)

そもそもBinding KineticsとInduced Fitは関係ないかもしれないけど・・・。